「あ、ガイ上忍、お久しぶりです。」

「おう、イルカっ。どうだ、中忍の任務には慣れてきたか!?」

「はい、おかげさまで。」

「そうか!下忍の時とは違い、負う責務は自身の成長を高めていくものだ、日々精進して鍛錬を怠るなよ!?」

俺ははいっ!と元気よく返事した。返事をしたはいいんだけど、ガイ上忍、なんでここにいるんですか?という問いを口にするのは少々勇気が要った。
ここは、中忍が集まる休憩所だった。上忍が来ることは滅多にない。いや、ガイ上忍が初めてじゃないのか?
他に集まっていた同じ中忍仲間も、上忍の登場に少々緊張気味だった。ひとまずここから離れた方がいいだろうか?
そんなこんなでガイ上忍を食堂にお茶に誘ったらば、あっさりと了承の声が帰ってきた。
ガイ上忍、中忍のお茶に呼ばれて断らないなんて、よっぽどお暇なんですか?
まあ、ここにいたら目立って仕方ないので頷いてくれてよかった。ひとまずここよりは落ち着ける場所への誘導は成功したようだ。しかし本当に何の用だろう?何かしたっけなあ?俺...。
中忍になったからと言ってスリーマンセルがすぐにバラバラになることもなく、スリーマンセルの仲間と任務をしたり、たま〜に雑用まがいの中忍の仕事もやったりと、それなりに慣れてきたかな、という所だった。まだまだ戦場で工作したり諜報したりといった実戦での割りと危険な任務は来ない。ちょっと物足りなさを感じるが今はまだ鍛錬の時期なのだと自分を納得させて修行に励む日々だった。
食堂に着けば、上忍、特別上忍、中忍、下忍、と、さまざまなレベルの忍びがひしめき合っているから、俺とガイ上忍が一緒にいた所でさほど不自然には感じられない。
とりあえず茶の湯飲みを2つ持ってガイ上忍の前に座って一つを差し出した。

「うむ、すまないなっ!」

「いえ、大したことしてないですし。」

と、本当になんでもないことなので、そう言ってからガイ上忍を見た。湯飲みをじっと見ているようだがなんだかそわそわしているような気がする。もしかして食堂はガイ上忍にとって落ち着かない場所だったか?自分のとった行動が軽率だったか?と不安な気持ちが出てきた。
だがガイ上忍は顔をまっすぐに上げて俺を見据えた。なんだか怖いんですけどっ。

「俺も男だ。はっきり言おう。」

何か相談したいことでもあったんだろうか?そんな思い詰めた顔されても...な。しかし中忍の自分に相談というからにはやはり中忍のことだろうか?それともこの間やった単独の任務についてだろうか?しかし本当に雑用だったんだけどなあ。巻物の整理整頓、あれは絶対に火影様の私用だと思うんだけど。

「この間の件だ!!」

いや、どの件だよ?

「あの、この間と申されましても、いつのことでしたでしょうか?」

ガイ上忍と最後に出会ったのはあの上忍待機室なんだけど。と、言うか、あの後一度も会ってないから実質顔を合わせるのはこれが2度目となるはずなんだけど。

「上忍待機室で何かありましたっけ?」

「イルカよ、中忍たるもの物忘れが過ぎるのはよくないぞ!!」

「は、はぁ、」

よく解らないが俺は何かを忘れているのか?

「例の式のお方のことだっ!」

あー、そう言えば今度紹介するって言ってそのままだった。けれどカカシもなかなか里に帰って来ないようで、折角二人で普通に会えると言うのに、一緒に飯を食うのもなかなかできない状態だった。暗部ってのはつくづくきつい仕事らしい。

「忙しいみたいでなかなか俺とも会えないんですよ。休日らしい休日もあまりないようですし、あってもすぐに任務でお呼びがかかるみたいで。」

「そうか、優秀な忍び程任務遂行能力は高いのは道理だからなっ。よしっ、イルカ、そのお方に伝えてくれ、木の葉の孔雀は荘厳にして華麗、気高き羽根はあなたを温かく癒すと!!」

...。
解らないっ、どういう意味なんだ!?これは深く追求して聞いた方がいいんじゃないか?という何とも言い難いやばい雰囲気が漂っていた。

「あの、ガイ上忍。それは一体、」

「ガイっ、こんな所でなにやってんだっ。護衛任務の依頼人と顔合わせする時間に遅れるぞ!」

いきなり見知らぬ忍びがガイ上忍に詰め寄ってきて俺の言葉を遮ってしまった。どこからやってきたんだ?全然気配がつかめなかった。この人も上忍クラスと言うことか。
ガイ上忍は気が付いていたのか、時計を見た。

「なんだトンビ、もうそんな時間か。イルカ、話しの途中ですまないがもう行かなくてはならないっ。」

ガイ上忍は立ち上がった。トンビと言うらしい上忍がここではじめてイルカの存在に気が付いたのか、不思議そうに言った。

「あれ?中忍と話してたのか。何か重要なことでも話してたのか?」

「うむ、青春だっ!!」

わからない、どの辺りが青春だったんだろう...。
ふと見ると、ガイ上忍の手には湯飲みが握られている。

「あ、湯飲み片づけますよ?置いていって下さっていいですから。」

「イルカは最初に持ってきてくれただろう。後かたづけくらいできないで何が上忍かっ!!」

と言ってキラーンと白い歯を見せたガイ上忍は確かに光っていた。
やっぱりすごいよガイ上忍。こんな細かいところまで気配りのできる上忍も珍しい。
彼は詰め寄ってきた上忍らしき人と連れだって食堂から出て行った。そこで、はっと気が付いた。

「あの言葉の意味、聞くの忘れた...。一体なんだったんだろう?」

激しく不安だったが仕方ない。その時、タイミングがいいのか悪いのか、白い蝶の式がやってきた。今日はご飯を食べていくらしい。
今日あったことを話してみるか。

 

「と、いうわけなんだよ。」

レンコンの海老しんじょうを食っていたカカシはぶふっ、と吹き出した。汚いなあもう、飛ばすなよなあ。
俺は台ふきで始末してやった。そして自分の茄子のはさみ揚げを頬張った。お、なかなかうまいこと揚がってるな。
カカシは箸を置いてあぐらをしていた足を正座に座り直して背筋を伸ばした。いつも猫背のくせになにしてんだ?

「イルカ、ちょっとそこに座りなさい。」

「いや、座ってるし。」

「いいから正座っ!!」

「いや、だから俺はいつも正座して食ってるって。」

卓袱台の下を覗き込んだカカシは、ああ、そうだった、と呟いた。どうしたんだカカシ、いつも以上におかしいぞ?

「あのさ、聞くんだけどもしかしてイルカ、俺のこと女の子としてそのガイって奴に紹介はしてないよね?」

限りなく間違いであってほしいと言わんばかりのカカシに俺は箸を置いた。

「言ってないよ、女の子なんて一言も。」

カカシは、ほっと安堵の息を吐いた。

「でも男とも言ってないから。」

途端、カカシの顔が引きつった。

「ひどいよイルカっ!!そんな騙すようなことして恥ずかしくないの!?」

「いや、騙してないって。俺もおかしいな、と思ったのは今日なんだから。それにタイミングが悪かったんだって。仕方ないんだよ。大体昔だって四代目に俺のことイルカちゃんって言われても否定しなかったくせに、自分だけ棚に上げるつもりか?」

「あれを根に持ってんの!?ひどいよ、そんなのもう昔のことじゃないっ。それに状況が違いすぎるでしょっ。」

「火影様にちゃん呼ばわりされた俺のブロークンハートをなんだと思ってんだっ!わかった、明日上忍待機室に来い。」

「嫌だよっ、そのガイって奴に会うかもしれないじゃないっ。」

「会うんだよっ、これ以上騙すのは良心が咎める。さっさと誤解を解くに限るんだからな。」

俺の言葉にぶつぶつと文句を言っていたカカシだったが、明日は休みなことを知っている。

「絶対に来いよ。来なかったら夕食抜きだ。」

カカシはそれを聞いてしゅーんとなった。ちょっと哀れになって俺は鼻の傷をポリポリと掻いた。

「その代わり明日は好きなもの作ってやっから。」

「...茄子のみそ汁とサンマの塩焼き、」

小さく呟く声が聞こえた。

「はいはい、作って差し上げますよ。」

言うとカカシはえへへ、と笑った。お前本当に暗部か...?

 

翌日、俺は任務の依頼を受ける前に上忍待機室へと向かった。そう言えば今日ガイ上忍はいるのだろうか。そっちを失念していた。いなかったらまた別の日に改めるが、事は早く終わらせるに限る。
俺は上忍待機室の戸の前で深呼吸するとノックした。この瞬間は何度来ても慣れないなあ。俺ってもしかして上忍になれないんじゃなかろうか、なんてらしくもなく考えてしまう。

「失礼します。ガイ上忍はいらっしゃいますか?」

室内に入って中を見渡しだが、その姿はなかった。今日は不在だったかあ。俺は締める為に戸に手をかけた。

「失礼しました〜。」

「いや、ちょっと待て?」

「は?」

声をかけられて見ると、そこにアスマ兄ちゃんがいた。あ、いたのか。ガイ上忍にばっかり意識が向けられててアスマ兄ちゃんは視野に入ってなかった、ごめんよ。

「あ、すみません、アスマ上忍。まったく視野に入ってなくて。」

「らしくねえな、なーに慌ててんだ?」

苦笑いしている相手に少しばつが悪くなったが、事実を告げる。

「ガイ上忍にお知らせしたいとことがあったので。」

「ガイにか?今日の昼に帰ってくると思うが、急ぎか?」

「早めに終わらせた方が両者にとっていいと思います。」

「?まあ、よく解らんが伝言でよければ伝えておくが。」

どうする、だがカカシだって今日はたまの休みなんだ。今度はいつ休みが取れるかなんて解らない。ここは言葉に甘えた方が得策か。

「ではお願いしていいですか?」

「おう、なんだ?」

「夕方、上忍待機室で待っていてください。今日、連れて行きますから、と。」

「おっ、なんだなんだ、待ち合わせか?」

事情を知らないアスマ兄ちゃんは色事かと思ったのだろう。急ににやにやと笑いだした。いや、違うから、そんなんじゃないから、やばい話しだから。

「まあ、待ち合わせには違いないです...。」

声が自然と暗くなってしまうことに歯止めも利かない。

「よしよし、ちゃんと伝えてやっから安心しろ。」

完璧に勘違いしているとは思ったがこれ以上関わり合いのない人に突っ込んだ話しを根ほり葉ほり聞かれるのもまずい。
未だににやついているアスマ兄ちゃんを置いて、俺はそそくさとその場を後にした。